『ハウルの動く城』
【声の出演】
 ソフィー:倍賞千恵子
 ハウル:木村拓哉
 他
【音楽】
 久石譲
【製作】
 スタジオジブリ
【監督】
 宮崎駿
【原作】
 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
 『魔法使いハウルと火の悪魔』

<<鑑賞日:2004.11.27.>>
 2004年11月20日、宮崎駿監督によるスタジオジブリの新たな挑戦作が、全国の映画館で公開された。前作『千と千尋の神隠し』でアカデミー賞長編アニメ映画部門のグランプリを獲得したジブリは、『ハウルの動く城』を「全世界注目の感動超大作」と銘打ち、ディズニーを凌いだブランドとしてこの作品を世に送り出した。
 だがその正体は、愛らしい小作品であった。『千と千尋』や『もののけ姫』で強烈なメッセージ性をアピールした宮崎駿とは思えないような、実に穏やかで温かい物語である。前二作(『千と千尋』、『もののけ姫』)で現代の日本や人間のあり方を問うた宮崎が、今回はただ純粋に、命や愛の尊さを語っている。時代に突きつける、鋭いエッジが無いのだ。感じられるのは、まるで星霜経た古木のような安心感と、円熟の中にある宮崎氏の柔和な微笑みである。
 これまで宮崎氏は、少女を主人公(あるいはそれに限りなく近い人物)として物語を描いてきた。『ナウシカ』、『ラピュタ』、『もののけ姫』、『千と千尋』。これらの作品は、観る者に強い自戒の思いを抱かせる。加速しすぎる科学の進歩と、それに伴う地球環境の破壊。誰もが意識しつつ、誰にも制御できない悪循環。遅すぎた対応と、手遅れの温暖化。「人と自然」という、和解の糸口すらなかなか見えない命題に、宮崎氏は独自のアプローチを持っていた。そして映画というメディアと、それまでに築いた絶大な人気を使って、彼は世界の多くの人々にメッセージを投げかけた。このメッセージ性を、宮崎アニメの最たる特徴と考える人も少なくないだろう。
 だが一方で、宮崎氏は『耳をすませば』、『紅の豚』、『魔女の宅急便』といった、穏やかな物語も作っていることを忘れてはならない。もちろん、穏やかさの中にメッセージ性が無いとは言わない。だがそのメッセージは、『ナウシカ』や『千と千尋』とはまた違ったものである。共通点が無いわけではないが、同種とは呼べまい。
 そこに込められているのは、命および生きること、愛すること、友情、そして世界を見るということの素晴らしさである。『ハウルの動く城』は、この側の宮崎的表現の、現段階では最高峰であると僕は考える。
 『ハウル』は明確なストーリーを持ってはいない。美しい草原と青い空を背景に現れる、動く城。やがて草原にかかった霧が、汽車の噴煙と混ざっていく。そんな牧歌的な景色から始まる物語は、小さな帽子屋の長女の視点から描かれる。
 ソフィーは美しく着飾ることや、将来を楽しく暮らすといった夢を持たない少女である。彼女は帽子屋の長女であることの責任を負って生きる道を選んでいる。だがある時、彼女は悪名高い魔法使いであるハウルと出会い、そのために魔女によって呪いをかけられ、突如として90歳の老婆として生きることを強いられる。
 だがソフィーは、老婆となったことでかえって活動的になるのだ。彼女は90歳の身体で丘を登り、ハウルの城の掃除を一手に引き受ける。老婆となったことでしがらみから解放されたことが、彼女に世界を見る目を変えさせたのだろう。次々に現れる不思議な(魔法的な?)ものたちと、彼女はハウルとともに擬似的な家族を形成していく。それはソフィーの中のとても優しい部分を感じさせるが、ハウルをますます謎めいた存在にさせていく。
 ハウルを筆頭に、この映画の登場人物は謎だらけである。だがその謎について、掘り下げたり突っ込んだりすることは、野暮ではないだろうか。ただ彼らの動きを見、そしてそこから感じ取れるものを楽しむのが、この映画の観方だと僕は思う。ソフィーは90歳の老婆から、生きることの充実感を得た時には働き盛りの中年女性に、ハウルへの愛を意識する時にはもとの19歳の少女に変化する。なぜ魔女の呪いが緩和された(あるいは解けた)のかということは、考えるべきではないのだ。ただソフィーの変化を見て、生や愛の美しいことを感じればいい。どこか屈折したものを感じさせる魔法の存在たちについても同様で、「なんでこいつがここにいるの?」と考える必要など無いのだ。ただ感じて、微笑めばいい。
 『ハウル』の後ろに見え隠れする、宮崎氏の姿。彼はここにきて、自らの老いを感じているのかもしれない。それは衰えたということではなく、人生を楽しんだということである。『ハウル』から感じられる温かさは、夢の中で出会う祖父のそれに似ているのだ。『ナウシカ』から『ハウル』までの過程は、宮崎氏の角が取れていく過程であったのかもしれない。
 『ハウルの動く城』を観る時、あまり考えてはいけない。ただ旅すればいいのだ。夢の世界に立って、自らの意志でその世界を旅すればいい。そうすることが、この作品を最も楽しめる方法ではないだろうか。

2004.12.13.

http://www.howl-movie.com/